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若年性認知症

６５歳未満で発症する若年性認知症は、働き盛りを突然襲う。退職を余儀なくされたり適切な介護を受けられなかったりすることも少なくない。経済的・心理的な衝撃を乗り越え、社会とのつながりをどう保てばよいのか。同じ悩みを共有する家族らの交流も広がっている。（古沢範英）

　シャッシャッと手際よくはさみを走らせる音が響く。川崎市麻生区の伊藤金政さん（６７）が、自宅の玄関に青いシートを広げて妻の公子さん（６３）の髪を切る。公子さんが若年性認知症で美容院に行けなくなって以来、月に１度の割合で続けてきた。

　「今日はお安くしときますよ。千円で」。夫の冗談を聞いた公子さんは「うふふ」と、ゆっくりほほえんだ。

　２人は４年前までコンビニを営んでいた。金政さんが異変に気づいたのは、公子さんが５０代半ばにかかった７年前だ。仕事のミスが極端に目立ち始めた。預かり金をレジに入れたとたんに忘れてしまい、「いただいていません」と言い放って、なじみの客を激怒させたこともある。

　「まさか５０代で」と思いつつ病院に連れて行くと、若年性認知症と診断された。「やはりそうだったか」と全身の力が抜ける思いだった。

　「体が動くうちは仕事を続け、子どもに店を継いでもらおう」。その人生設計が一気に崩れた。コンビニは本部との契約で半年間続けざるを得なかった。新たに人を雇う余裕はなく、公子さんはレジに立ち続けた。何度も客に怒鳴られた。店を手伝っていた長男と長女は外に勤めに出た。

　店を閉めた後、金政さんは主夫になって介護に専念した。介護教室や家族の会にも通い、公子さんの世話に徐々に慣れた。だが症状が次第に安定してくると、生活に落ち着きが戻る一方で満たされない思いも膨らんできた。「仕事もできず、このまま人生が終わってゆくのか」

　ヘルパー教室の案内を見つけたのはその頃だ。講座に通って資格を取り、１年間の就職活動の末、昨年３月から訪問介護の仕事を始めた。公子さんをデイサービスなどに預ける間、数時間の訪問介護を週３～４回こなす。仕事は食事の準備や買い物、身の回りの世話などで、公子さんの世話と変わらない。だが、社会とつながっているという充実感が戻ってきた。

　「まさかと思うことが起きるのが人生だと思い知った。でも人生の半ばで認知症になっても、本人や家族は世の中と関わり続けたいと願うものだと思う。体はまだ元気に動くのだから、自立や就労への支援を充実させてほしい」。金政さんはそう考えている。

■　家族会県支部　隔月で集い　共感と専門的助言も　■

　症状が進むことへの焦り、誰にも打ち明けられないつらさ、日々の生活や老後への不安……。本人だけでなく、予想もしなかった介護の負担を抱え込む家族の悩みは深い。

　認知症の人と家族の会神奈川県支部は、隔月で「本人と家族の集い」を開いている。横浜市旭区の福祉施設に集まり、当事者たちが散歩やゲームをして過ごす間に、家族らが悩みを打ち明け合う。

　「ほとんど会話が成立しなくなって、家の中で一日中うろうろしている」「スーパーに行ってレジを通らずに堂々と外に出て騒ぎになってしまった」。深刻な話題が続くが、周囲は共感を持ちつつ笑い飛ばしてくれる。症状については、同支部代表で認知症の専門家として知られる川崎幸クリニックの杉山孝博院長が「骨折などの環境変化で症状が進行することがあるので注意が必要」「薬は初期の方が効くので、きちんと診断を受けて使った方がよい」と専門的な助言をしてゆく。

　杉山さんは「若年者の通所や入所を受け入れる施設はまだ少ないが、４０歳以上なら介護保険サービスを受けられることも多い。ケアする側も家族会などで情報を集めて、孤立しないでほしい」と話す。

　次回は４月３日の予定。問い合わせは同支部（０４４・５２２・６８０１、月・水・金、１０～１６時）。

◇　キーワード・・・若年性認知症　◇

　６５歳未満の若年期または初老期に発症する認知症。アルツハイマー病、前頭側頭型、脳血管型などがある。０９年の厚生労働省研究班の推計では全国で約３万７８００人とされたが、軽症者や隠している患者も含めると約１０万人にのぼるという見方もある。

若年性も老人性も発症のシステムは同じ。他人事ではないのですよ。

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